JAPAN JUNIOR ORCHESTRA

 

                         日本少年少女オーケストラ音楽総監督  南 紳一  プロフイール

都内の小学校で音楽教諭をしていた母親の影響で幼少期に音楽を始める。
都立足立高校を卒業後、指導を受けていた東京芸術大学の教授の勧めで、オーストリアのウィーン国立音楽大学に5年間留学、同時期に留学していた指揮者の尾高 忠明(NHK交響楽団指揮者)、矢崎 彦太郎(東京シティーフィル客演指揮者)、小原 全(玉学園創設者の孫、ロシアで指揮者として活躍中)、湯浅 卓雄(東京芸術大学名誉教授)など多くの指揮者の友人たちがいる。

帰国後、「赤城58国体」の式典音楽指導者として群馬県に派遣され、1983年太田市に群馬県初の子供のオーケストラを設立し、以後国内外に30以上の青少年オーケストラを国内外に設立し、現在NPO法人日本少年少女オーケストラ協会の音楽総監督及び専務理事を務めている。特に日本で初となる「オーケストラ導入の為のミナミオーケストラ・メソード」は国内を初めアジア各国の青少年オーケストラや全国のスクールオーケストラで使用されている。全音出版社から「ミナミオーケストラ・メソード」シリーズを発売

1983年4月、群馬県太田市に県内初の子どもによるフル編成の「太田ジュニア・フィルハーモニーオーケストラ」を設立する。
1987年、団長の故中島源太郎氏が竹下内閣に文部大臣として入閣し、同時に特別顧問であった石原信雄も内閣官房副長官として入閣すると言う一大事件が起こり、文部大臣室や首相官邸に2度も呼ばれました。

1988年、太田市制40周年記念事業としてベートーベンの第九全楽章演奏会を開催し、世界で初めて小中学生が中心のオーケストラによる第九全楽章演奏を成功させました。
演奏会には、現役の中島文部大臣が見え大きなニュースになりました。
翌年の1989年には指揮者の堤俊介の指揮で、合唱団を含めて180人でアメリカ合衆国のカリフォルニア州バーバンク市(ロツキード本社・太田市の国際姉妹都市)とミシガン州フリント市で第九演奏会を現地の方々と演奏会を開催しました。

2000年にはニューヨークのカーネギーホールで、当時13歳だった木嶋真優(バイオリン)と共演を行い、その後ウイーン楽友協会ホール、プラハのスメタナホール、パリ、ロンドン、ブタペスト、ブカレスト(ルーマニア)などにジュニアオーケストラと共に公演を行う一方で、1998年よりネパール、カンボジア、ラオス、バングラデシュなどの貧困地帯に楽器を寄贈して、日本の子どもたちを連れて指導に行き現地に「子供オーケストラ」を誕生させています。今ではアジア全体に子どもオーケストラが設立されて、目標として来た「アジア青少年オーケストラ協会」の立ち上げも目前に迫っています。 
 

 
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